為替の基礎知識;バブル以降

為替の基礎知識として、日本の為替相場の推移について近代史とともにご紹介しています。まずは基礎固めを行うことによって、為替の基礎力を上げておきましょう。

1985年(昭和60年)9月のプラザ合意から、急激な円高が進んでいきました。(※ ここで基礎知識ですが、プラザ合意とは、ニューヨークのプラザホテルに集まった当時の先進5ヵ国(日・米・英・独・仏のG5)の大蔵大臣・財務長官と中央銀行総裁が参加した会合で決定した外国為替市場での協調介入を行う合意のこと。)具体的な合意内容は、参加各国がドル安に向けて各国の通貨を一定の幅で切り上げること、その方法として参加各国が外国為替市場で協調介入を行うという内容でした。

こうした行動の狙いは、ドル安でアメリカの輸出競争力を高め貿易赤字を減らすこと、当時成長力を持っていた日本の輸出競争力を抑えることにありました。

プラザ合意の発表前日の円ドル為替相場は1ドル240円程度でしたが、年末の為替相場は200円を切る水準になり、1988年(昭和63年)初には120円台まで円高ドル安が進みました。こうして日本に流れ込んだ資金は、国内の証券市場や不動産市場へ投資され、日本に史上空前の資産バブルを持たらしたのです。

その後1990年にバブル崩壊を迎え、1995年(平成7年)に為替相場は1ドル=80円を切りました。2000年(平成12年)前後は為替は比較的安定し、1ドル=120円前後で推移ししました。

経済